電動ガンの知識&サバゲで使える装備等の知識が無いままヤフオクでPSG-1を落札した2002年の秋。ミリタリーショップの店長の車に便乗して多摩川の河川敷で行われていたゲームに初参加するも本気度合いに軽いカルチャーショックを受け、自分の勉強不足&準備不足を反省する。
リーサルウエポンでリッグスが超長距離の狙撃したPSG-1を使えばスナイパー出来るんじゃね?ぐらいの気持ちで選んだ人生初の電動ガンはとても初心者に扱える代物(っていうか今でもあのポテンシャルで狙撃するのは困難だとおもう)ではなかった。
2週間後にはBDU(実物フレック迷彩上下)を手に入れて多摩川河川敷2度目のサバゲ。
フレック迷彩を選んだのはPSG-1がH&K製品、GSG9が使っている「じゃあドイツ軍だね」っとこれもよく調べないでチョイスした結果。
PSG-1は高いから軍では使っていないと知ったのは2回目の多摩川河川敷サバゲの時。
その翌月にはG3A4を落札してドイツ連邦軍のまねごとをし始める。

もうドップリとサバゲにはまって多摩川の河川敷には月一で通った。
多摩川時代はサバゲーの知識、事に装備への知識を学ばせてもらった。
まだ法規制前なのでハイパワーが主流でノーマルの電動ガンでは有効射程に限度がある。
ネットで情報を集めながら自分でカスタムを覚えた。
最初は単純に強いバネを入れたがすぐにギアが飛んだ。
次はヘリカルギア、精密バレル・・・・
本体価格と同じくらいカスタムを施して電動ガンをハイパワーにしてもフルハイパワーカスタムのSSにはかなわないので今度はいかに敵との距離を縮めるか、いかに相手より早く索敵をして先制射撃をするかを体で覚えた。
いや本当のあの時代は凄かったな。
50メートル以上離れたところからSSに射撃され運良く弾がそれて耳元を通り過ぎた時に「びゅぅ〜っん!」って風切り音がしたからね。
今の流速カスタムなんて銀玉鉄砲ですよ。全く平和だったね。

そしてしばらくはG3でサバゲの基本をマスターかなと思った頃、やっぱりSSに負けたくないと思うわけですよ。
それで手を出したのがAPS2。
確か同じく多摩川でサバゲをしていた医者志望の大学生と物々交換したんだと思う。
それをSS個人チューナーの方に手を入れてもらって使える様にしてもらった。
人生初のボルトアクションでone shot one killをしたときは覚えていないぐらい興奮したね。
そして多摩川の河川敷でのゲームは暗黒時代へと突入する。続く(かな?)

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コメント 3

これ以上ありません。

さぴ

さぴ

はじめまして、近くに住んでるようですね
やはり1度離れても戻ってきちゃう趣味ですよね

孤高のフレクター

孤高のフレクター

さびさん初めまして。さびさんは多摩川河川敷でゲームをした経験おありですか?

さぴ

さぴ

拝島橋のところは話だけ聞いたことがあります。
永田橋のところなら1度だけあります。

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